🍑自己紹介させていただきます。①

皆様はじめまして!『Yoga & Pilates MOQU | ななむらももな』のブログを読んでくださりありがとうございます。

私はお酒と芋類・米を食すことが大好きなアラサーインストラクターです。

解剖学(骨とか筋肉)が好きでお酒を飲みながらタブレットやテキストを眺めることが日課です。笑

今回はそんな私の自己紹介をさせていただきます。
少々長いですがお付き合いください!

<目次>

◆ ななむらももなってどんな人?

 ・ヨガ・ピラティスのインストラクターとして活動しています♪

 ・あまり体の強い子供ではありませんでした・・・

 ・モンチッチみたいなショートヘアで過ごした学生時代

 ・就職活動、言われるのは「営業に向いているね」

 ・人間関係を築くのが得意ではない私・・・拒食症になりました。

______________________________________________

ななむらももなってどんな人?

・ヨガ・ピラティスのインストラクターとして活動しています♪

 私は今年4月までの5年間、福岡市で「フリーランスのインストラクター」と「保健体育の非常勤講師」という二足のワラジを履きながらの活動をしていました。

 5月より愛知県に活動拠点を変え、新たに多くの生徒さんにヨガ・ピラティスの指導を行っています。

 現在も複数のヨガスタジオやスポーツクラブでグループレッスンを担当する一方、対面・オンラインでのパーソナル(1体1)レッスン、解剖学セミナー等を開催しています。

・あまり体の強い子供ではありませんでした・・・

 この世に産声を上げてから半年経ったある日、40度を超える高熱が続きました。
地元の病院では対応できないということで市立病院を紹介されたところ、

病名は「細菌性髄膜炎」。生存確率は1/2と告げられたそうです。

小さい頃の記憶なので私は覚えていないのですが、ぶっとい注射針を脊髄に刺され泣き叫ぶ私を見て両親はとても辛かったと言っていました。

生死をさまよい、病院の先生方の治療のおかげでなんとか一命を取り留めました。

それからもアトピー性皮膚炎・アレルギー性鼻炎・アレルギー性結膜炎などに悩まされる日々・・・

 小学生の頃はインフルエンザA型から回復した1週間後、今度はB型に感染。

おたふく病や麻疹など、子供の頃にかかると言われている病気は全てコンプリートしました。(今だから笑い話ですが、当時は苦しかったし、両親に迷惑かけてばかりで申し訳ない気持ちでいっぱいでした。)

・モンチッチみたいなベリーショートヘアで過ごした学生時代

 中学生になり、ハンドボール部に入部し運動習慣が身につくと、風邪をひいたり体調を崩すことがなくなりました。


当時はがむしゃらに部活動に打ち込んでいたので全く気が付かなかったですが、今思えば運動習慣のない小学生までは免疫力がなかったんだなあと感じました。

ハンドボールの推薦で進学した高校時代は「耳が出るショートヘアにしなければならない」という謎のスポーツ強豪校あるあるの部則に従い、あのモンチッチのようなヘアスタイルで華のJKを過ごしました。

女子トイレに入る度に二度見されていたのが今でもいい思い出です…(笑)

実際には華のような生活ではなく、

大怪我による2度の手術を経験し、リハビリを続ける日々。

この若さで坐骨神経痛がひどく、朝練が終わったら片足を引きずって教室へ向かい、放課後の練習が終わると親に迎えに来てもらわないと帰れませんでした。

スポーツ推薦で入学したものの、パソコンや簿記を専攻する学科だったので、資格試験の勉強をしながら部活動に専念する日々。『やるなら100点!』という性格なので、真面目に文武両道を目指していました。

 大学は県外へと出て親元を離れ寮生活に。高速バスの中で声を押し殺して泣いたのはヒミツです。(笑)


高校とはうって変わって体育科を専攻したため、全く違う分野を勉強するのに苦労しました。

解剖学から生理学、テーピング理論に栄養学、マッサージの授業・・・
当時はひたすらインプットをすることに必死で、好きと思ったことはありませんでした。

『大学でしか取れない資格をとりあえずとろう』

という考えから、教員免許を取るための授業も受けていました。

ここでも慢性的な腰痛と股関節痛に悩まされました。スポーツ疲労かな?と思っていたところ、病院での診断結果は

「先天性臼蓋形成不全」

わかりやすくいうと、

股関節のはまりが生まれつき人より悪く、腰に負担がきている。このままだと30代になる頃に人工関節を入れなければならない。

と伝えられました。

必死にリハビリ・トレーニングを頑張りましたが、体の使い方が合ってなかったのか既にあちこちガタがきていました。思うように体が動かず、練習に参加できない時期もありました。

・就職活動、言われるのは「営業に向いているね」

 大学4年になり、卒論に追われながらも就職活動を開始。正直就職できればどこでもよかったです。特にしたい事があるわけでもないし、ずば抜けて得意なことや才能があるわけでもない。

ただ漠然と思っていたのは、『建築関係の仕事がいいなぁ』ということ。

実家が祖父の代から続く大工さんだったので小学生の頃、女大工になりたいと思っていた時期があったんです。

でも現実は高校で情報・商業科、大学で体育科を卒業したため建築系の知識は全くありません。

新たに専門学校に通うことも考えましたが、大学の奨学金の返済もある。

だから建築に携わる仕事に就けたらいいな。という感じでした。

面接を何度もしていく中で、どの会社でも言われたのは

「ハキハキして明るいから営業に向いているね」

この言葉を言われ続け、私は就職活動をやめました。

・人間関係を築くのが得意ではない私・・・拒食症になりました。

 私、外面はいいんです(笑)

実際には人付き合いがあまり得意な方ではなくて。(インストラクターとしての私を知っている方は意外かもしれません。)

バカ真面目なので、小学生の頃はいじめられている子を助けたら自分がターゲットになり、不登校になった時期もありました。大学でもありもしない噂をよく流されたりして、どんどん人間不信になっていきました。

人と深く関わる事が怖い。

だから『浅く広い』人間関係を築くことは得意。

「ももなは人間関係浅く深くだからいろんなとこに顔きくもんね」

と嫌味を言われたこともありました。(こんなのかわいい方です。)

なので営業職で多くの人と関わるのが怖くて、就職活動をやめ、いただいた内定もお断りをしました。

ずっと頑張ってきたハンドボールも、人間関係が原因で最後の最後でやめました。

外に出て人に会うのがおっくうでインドアになり運動は一切しなくなりました。

この辺りからどんどん『食べること』も面倒くさくなり、体重がガクンと落ちていきました。

最初は『やったー痩せたー!』くらいだったのですが、どんどん頬がこけて顔色が悪くなる。

でも元々細い体型では無かったので、俗にいうガリガリでは無かったけれど数字が減るのが嬉しかったです。

10分おきに体重計にのり、0.1kg増えてるだけで自己嫌悪になり水や味噌汁を飲むのも怖くなりました。

卒業後は、学生時代から続けていたバーのアルバイトを続けながら、とりあえず生きていました。

思ったより長くなりました(笑)

ですが、自己紹介を完結させるには

『インストラクターになったきっかけ』

『なぜここまで長い自己紹介をする必要があるのか?』

まで皆様にお伝えする必要があります。

次回は、

・バーのアルバイトからなぜインストラクターになったのか?

・ヨガとはどうやって出会ったのか?

これらをお伝えしていきます♪

ご愛読ありがとうございました!次回もお楽しみに♡

Follow me!

🍑自己紹介させていただきます。①” に対して6件のコメントがあります。

  1. かっちゃん より:

    スポーツしていて怪我が多いので困ってます。

    怪我の予防など書いていただけると助かります‍♂️

    1. ななむらももな より:

      スポーツの怪我後の機能回復は大変ですもんね・・・

      リクエストありがとうございます!
      まとめますね

  2. ぽんたにんぐぽんた より:

    はじめまして!!
    Instagramをよく拝見しています!
    先生のモンチッチ是非見たいので写真お待ちしています!

    1. ななむらももな より:

      ぽんたにんぐぽんたさんいつもありがとうございます♪
      モンチッチ写真は勇気がいるな・・・笑
      いつか投稿しますね!!笑笑

  3. ともちゃん より:

    ブログ開設おめでとうございます❣️
    いつもレッスンありがとうございます☺️
    名古屋に行かれてもオンラインで受けられることに感謝です
    ブログ愛読者になりますね

    1. ななむらももな より:

      ともちゃんありがとうございます♡
      こちらこそこれからもよろしくお願いしますね

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA